<168> #7

2011-01-13 22:48:40

中世的な社会的結合を作りだしている「自動加入」  ―丸山眞男に学ぶ(2)―

テーマ:日本人論
<中世的な組織と近世的な組織>
丸山眞男の文章(「近世日本政治思想における『自然』と『作為』 -制度観の対立としての-」『日本政治思想史研究』、『著作集 3巻』所収)に、中世的な組織と近世(近代)的な組織の違いを端的に整理した部分がある。
私はこれ読んで、(ほとんどすべての)日本のPTAはいまだ中世的な組織なのだと理解した。

以下に引用します(適宜改行しました)。

***
中世の人間が未だ一切の社会的結合を家族のごとき自然必然的団体(所謂societates necessariae)を原型として理解してゐたとすれば、近世の人間は逆に社会関係を可能な限り人間の自由意思による創設から(所謂societates volutariaeとして)把握しようとした。

近世における「人間の発見」の真の意味はここにある。
中世に於ても「人間」「個人」が説かれなかつたわけでは決してなく、却つてそこでは個人の職分について論じられる事最も多かつた。人間の発見とはかうした対象的意味に於てではなく、人間が主体性を自覚したという意味に於て理解されねばならぬ。

これまで彼が入り込む種々の社会的秩序を運命的に受け取つて来た人間はいまやそれらの秩序の成立と改廃が彼の思惟と意思に依存してゐる事を意識した。
秩序から行為した人間が秩序へと行為するに至つたのである。(『日本政治思想史研究』p.226)

※原文での「傍点」は「斜体」で示した。
***


数年前から、PTAの強制的なあり方(「家族のごとき自然必然的団体」的なあり方)に対する異議申し立ての声があがり、今、全国的にいろいろな人が声をあげている。
「自由意思」による「主体性」に基づく団体になるべきだ、と。

少し大袈裟に響くかもしれないけれど、この国において、今やっと主体性を自覚した「人間」(「秩序へと行為する人間」)が発見されつつあるのかなと、この丸山の文章を読んで思いました。





1 ■私費教材は保護者と業者の契約ですか?
こんばんは。pya会費の解釈については全くその通りですね。
ところで、教えていただきたいのですが、生徒のドリルやテスト、お道具箱とか、材料費など様々な支払が私費として担任から請求がくるのですが、これらの契約は保護者と業者の契約ですか?(となると延滞者には業者から督促がくることになります。
保護者が学校と契約とはちょっと考えられないのですが、どうでしょうか?保護者が未払いの場合、教育委員会が業者に支払うとは考えられないからです。

2 ■Re:私費教材は保護者と業者の契約ですか?
>あそさん
申し訳ありません。
この問題はまったく不案内です。

よろしければ、私も管理人のひとりをしています、「素晴らしいPTAと修羅場らしいPTA」というサイトで問いかけてみてください。
http://pta.my-sv.net/cgi-bin/o_bbs/yybbs.cgi

常連さんにはこの方面に詳しい人もいるので、参考になる情報が得られるのではないかと思います。
よろしくです。

3 ■今気がつきました。
こんにちは。しばらくです。

今までPTAの任意性について私はPTAそのものをなんとかするべきだとそればかり考えてました。

確かにそうなんですが、あり方様によると、

>任意団体における自動入会規定は`勝手にやっていれば´ということで違法性はないものと思われますが、学校側が加担することで違法性があるものと考えますが如何でしょうか?>

とありましたね。まるおの様もその後同様の指摘をされてます。

PTAは学校の中で活動してますから、そのような不適切な方針の組織に対して毅然とした態度を取るべきです。

つまり、学校とPTAは別組織ですから例えば保護者説明会等で

PTAが「自動加入です」と主張しても、

学校は 「任意加入であると認識している。」
と説明すべきだと思います。

つまり学校が保護者にPTAに対する認識をはっきり示さないところが問題だと思いました。

ところで、学校は文部科学省の管轄ですよね?

文部科学省は一任意組織たるPTAに対して直接には及び腰のようですが、

学校にはPTAの認識を明らかにするよう指導監督することは可能だと思います。

これによって保護者の誤解は解けるものと思います。


4 ■すいません。連投で
先ほど文部科学省の話ありました。

まるお様が特に力を入れてこられた優良PTA表彰ですね。

その選考基準にPTAの任意性があったわけです。

たいへん素晴らしいことだと思いました。

が、文部科学省は表彰を通じてPTAに理解してもらおうとしているのか、
やる気はないが建前としてはそのようにやっといただけなのか、
前進とはいえ、文部科学省の態度はまだまだ手緩いと思います。

PTAの上部組織との癒着があって、このような手緩いやり方になってるのではないかとさえ思います。
文部科学省が学校に然るべき指導すればよろしいだけですよ。
「不適切な方針で学校の保護者に迷惑をかけるような組織は、校門の外でやってくれと。
どのような方針であろうと勝手だか学校の中での活動は認めるべきではないと。」

PTAの個別の活動で学校が待ったをかけることはよくありますが、
文部科学省はPTAが任意であるという大前提に待ったをかけずにズルズルきちゃったものだから今更というバツの悪さがあるんじゃないかと思いますよ。

如何でしょう?過激ですかね(笑)?

5 ■Re:すいません。連投で
>すーちさん
PTAの問題性を指摘すると、教委や文科省は「学校とは別の組織だから…」という反応を示すことが多いですが、学校内での「恒常的活動」を許可していることと、学校幹部や職員がその会員のみならず役員になっていること等を考えた時、仰る通り、教委や文科省の責任は重いと思っています。

現在、神奈川県教委とやりとりしている関係で、横浜市の市立学校のPTAの規約をネットで見ておりましたら、「PTA規約」に、副会長には「教頭」、書記と会計には「職員」がなると明記してありました。
そのような学校(このパターンは多いと思います)で、「自動加入」が行われている場合、公務員としての責任(憲法99条)も問題になってくると思われます。
校長には、PTAに活動を許可している責任と、部下の管理責任も発生するのではと思っています。

6 ■教員の公私混同
校長の責任は重大です。同意致します。
仰る通り、こちらの小学校も規約で副会長に副校長(教頭)が、
会計や書記に至る役員にまで必ず一名ずつ教員が就任することになってます。

PTAが教職員と保護者の会なので一見すると平等公平な役員配置に見えますが、
実際は教員が役員活動に一切タッチすることはなく、
(もともと保護者同様入会意志などないのだと思います。)
保護者の役員が仕切っているのが実情です。
当初は平等公平な運営意図だったかもしれませんが、
今はPTAが自動加入で組織運営をしたとしても学校の内部における問題として擬装し、
さらに「子供たちの健全育成」といった題目を唱えれば許される感情論に乗せて、
うやむやにするために利用されているように見えます。

そもそも教員が学校内で公務員としての立場と私的会員としての立場を明確に分離することなど可能なのでしょうか?

このように考えると、PTAが健全な組織になるには完全な保護者のみの組織にするか、
教職員と保護者の会ならば活動は学校の外でやるかして、

教職員の公私を明確に分離しなければ、
学校とPTAは癒着し、さらに学校の曖昧な態度により保護者は誤解するのだと思います。

7 ■Re:教員の公私混同
>すーちさん
教員のPTAへの関わり方(全員参加で、執行部にも「仕事」として加わっている)が、PTAという組織を「学校の一部」と誤解させている一つの大きな原因である、というのはその通りだと思います。

PTA規約に校長が顧問で、教頭が副会長で、会計と書記には教職員が就く、とか書いてあるケースにおいて、「個人として参加している」は通らないと思います。