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2009-09-08 23:12:33

「だから」についての国語辞典の説明

テーマ:日本語
<「だから」についての平均的なイメージ>
前記事で、当時の国語辞典には、「理由」を示す「前」(=前件)がない「だから」については何の説明もなかったと述べたが、事情は現在でもほとんど変わっていない。
理由を示す「前件」のない「だから」の用法について検討する前に、現在の国語辞典では「だから」についてどのような説明がされているのか、ざっと見ておこう。
(なお、すべての辞典で「だから」は「接続詞」とされている。)

まず、『日本国語大辞典』(小学館、全13巻)の「だから」の項。

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(助動詞「だ」に助詞「から」の付いたものが自立語化したもの)
先行の事柄の当然の結果として、後続の事柄が起こることを示す。理由を示す。であるから。それだから。だからして。
「洗湯(おぶう)へはいって帰って来ると、忽地腹はへっこりサ。然(ダ)から先熱盛にして十三盃と遣らかしたが」滑稽本・七偏人(1857-63)五・下
(『日本国語大辞典(2版)』)
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上の用例は、最初にあげられている例。それ以下の用例は、省略する。『日国』ではもっとも古いと思われる例が最初にあげられるので、「だから」は江戸時代末期に成立したことばだということになる。ちなみに、それ以前は時代劇でもおなじみの「されば」が「だから」と同じような意味を表していたものと考えられる。
語史についての貴重な情報は得られるが、語義説明そのものは極めてあっさりしたもので、問題の「だから」についての説明はなにもない。百科事典サイズの全13巻のボリュームなのに…。

次は『岩波国語辞典』(岩波書店)。

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前に言った事柄が、後から言う事柄の原因・理由になる意を表す。
それであるから。それゆえ。
「たいへん疲れた。だから、早く寝た。」「だから、言ったではないか」
(『岩波国語辞典(6版)』)
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「だから、言ったではないか」という話しことばに特有の例があげられているのは注目される。しかし、それが語義説明には反映されていない。

最近10年ぶりに改訂版の出た、日本語の辞典の「代名詞」たる『広辞苑』(岩波書店)。

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前に述べた事柄が、後に述べる事柄の原因・理由になることを表す語。
そういうわけで。それゆえ。
「だから言わないこっちゃない」
(『広辞苑』(6版))
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語義説明は極めてオーソドックスなのに対して、例文が話しことばに特有のものだけというのは問題。語義説明とあげられている例文は、どう整合するのだろう?

中型辞典として評価の高い『大辞林』(三省堂)はどうだろう。

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〔助動詞「だ」に助詞「から」が付いたもの〕
それゆえ。そんなわけで。
「なに、壊した。だから、注意したのに。」「だから、言わないことじゃない」
(『大辞林』(3版))
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語義説明が単なることばの置き換えで終わっており、しかも、『広辞苑』同様,話しことばに特有の用法しか例にあげられておらず、「説明」との整合性にも問題がある。
例文中の「だから」を、説明としてあげられている「それゆえ」や「そんなわけで」に置き換えることは無理だ。
×「なに、壊した。それゆえ(そんなわけで)、注意したのに。」
×「それゆえ(そんなわけで)、言わないことじゃない」

さて、以上、やや脱線しながら、主だった国語辞典の「だから」に関する説明を見てきた。話しことばに特有の例(赤字の例)があげられつつも、結局、多くの国語辞典が「だから」を「因果的関係を示す接続詞」と規定していることがお分かりいただけたものと思う。
「だから」ということばについての日本人の平均的なイメージは、このあたりに集約されると言ってよいのではないだろうか。


<国語辞典のとらえた通常の用法から逸脱した「だから」>
実は、国語辞典の中にも、通常の用法から逸脱した「だから」に注目し、説明を加えたものがほんのわずかながらある。
一つは、個性的かつするどい語釈で定評のある『新明解国語辞典』(三省堂)、もうひとつは国語辞典界(?)の新進気鋭『明鏡国語辞典』(大修館,初版2002)だ。

<『新明解』の語義説明>
『新明解』は、基本的な意味(①)に加え、派生的な意味(②)を別に認めていている。

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① 後件が、前件の論理上当然の帰結であることを表わす。
「あの人はおせっかいすぎる。だから、みんなに嫌われのるのだ」
② そのような望ましくない結果が自分には前もって予測できたものであったことを表わす。
「だから、言わないことじゃない」
(『新明解国語辞典(6版)』)
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「新明解」の②の語義説明は、他の国語辞典が用例にはあげるもののきちんとした位置づけをしていなかったもの(赤字の例文)を正当に位置づけたものとして注目に値する。

この『新明解』の②の用法は、私が問題にしている用法とは違う。その異同については、わたしなりの用法整理を一通りした後で改めて触れたいと思う。
(結論的なことをあらかじめ述べておけば、「新明解」の②の用法は、通常の用法と本論でこれからとりあげる問題の用法の中間に位置するものと考えている。)

<『明鏡』の語義説明>
『明鏡』も、基本的な用法と派生的な用法の二本立ての説明になっている。

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①前に述べたことを理由として、その帰結を述べる語。
そういうわけで。それゆえ。「台風が近づいている。だから波が荒いんだ」「道が悪い。だからスピードを落とせ」
②相手の発言に対して反抗的な気持ちを示す語。
「『早くしなさい』『だからやりたくないんだってば』」
(『明鏡国語辞典』)
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大修館の『明鏡国語辞典』は、私が問題にしている「だから」に言及している唯一の辞典だ。しかしながら、「明鏡」の②の語釈は、規定が狭いし、核心からも外れてはいないか。
第一に、次のような、ラブラブの恋人同士が使う「だ♡か♡ら♡」はどう説明するのだろう??

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「ねえ、今度あそこに連れてってね♡」
「あそこって?」
「だ♡か♡ら♡~」
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このどこに「反抗的な気持ち」があるのでしょう?(笑)
「相手の発言に対して反抗的な気持ちを示す語」と言うなら、「(う)るっせ~よ!」などこそがそれにふさわしいのではないだろうか。

また、第二として、たとえ反抗的な気分だとしても、「やりたくない」という意思をあらかじめ示してあるか、あるいは「やりたくない」ということが改めて言うまでもなく明らかなことでなかったら、「だから」は使いがたいと思われるのだ。
②の例の場合、それが成り立つためには、『だからやりたくないんだってば』という発言に先立って、「やれたくない!」という意思表示があらかじめなされていなければならないだろう。前もっての意思表示がなければ、たとえ反抗的な気分であっても、「だから!」とは言えないはずである。

問題の「だから」をとりあげたことは評価されるものの、「反抗的な気持ち」と「だから」を直結させるのは無理があると思う。
では、このような用法はどのように考えればいいのだろうか?
それを、以下に見て行きたい。


よそ様の悪口はこれくらいにして、次回は、「だから」の問題の用法の整理に入りたいと思っている。