<170> #4

2011-02-15 14:35:12

「だから」についてあらためて考えていく

テーマ:「だから」の情意表出的用法成立の背景
少し大げさなもの言いを許していただくならば、私が「この国」のあり方をめぐり(「自らのあり方をめぐり」と言いかえてもいい)、「何なのだ、これは?」と魂の深いところで揺さぶりをかけられたものが、ひとつはPTAの強制的参加の問題であり、そしてもうひとつが、接続詞「だから」等の「情意表出的用法」の問題である。

私がどのようにして「だから」の情意表出的用法に遭遇したかについては、だいぶ以前にエントリーしたものがあるので、(話が長くなって恐縮ですが)再掲させていただく。


***
(以下一部省略)
浪人中の年末か年始の頃だったように思う。視聴者参加のクイズ番組を見ていた。司会の文珍さんだったかが、解答者の若い女性に
「なんで、そういうふうに答えたの?」
と答えの理由を尋ねた。すると、その女性が

「だからぁ、○○××だから、~~。」

というように答えたのだ。わたしは「えっ?」と思った。「どうしていきなり『だから』なんだ?」と。
「【前】に何もないではないか?」と。
  
わたしがそのような疑問を持ったのは、予備校の現代国語の授業で、
「接続詞は文章を読み進む上での道標のようなものだから、接続詞に注目することで、文章の流れ、筆者の『言わんとすること』が理解しやすくなる。」
と、接続詞の重要性についてちょうど教わったところだったからだと思う。

「しかし」があれば、その前後の部分には対立的な内容が書かれているはずだ。
「ところで」「さて」とあれば、そこで話しの流れが変わる。
「つまり」「すなわち」とあれば、その前後には同じ趣旨の内容が述べられている。
「だから」とあれば、それまでの説明を理由として受け、その後には結論が述べられる。
等々。

言ってみれば、その時、文章には「ストラクチャー」と言うのだろうか、「構造」があるということをわかりやすく教わったのだと、今にして思う。(…)

話を元に戻す。
このようにして、予備校の授業で接続詞について学んでいたおかげで、私は解答者の若い女性の使った「だから」に違和感を覚えたわけだが、その時は、浪人の分際(?)で、「ことばをあまり知らない若い人の誤用なのかな?」程度に思い、それ以上掘り下げることもなく、「だから」のことはどこかに行っていた。
  
その数ヵ月後、どうにかこうにか浪人生活にピリオドを打つことができたわたしは、「国語国文学会」という大仰な名前の学生サークルの中古部会(源氏物語や伊勢物語などの中古文学を研究する部会)に入った。(…)

その部会では、毎週土曜日の放課後部員が集まり、前期は「伊勢物語」を読むことになっていた。そこではじめて知ったのは、古典のある部分の解釈は実は一義的に定まっているものではなく、多様な解釈が可能だというものだった。

「ああでもない、こうでもない」という先輩達の議論は、当時のわたしにとっては、山崎正和や小林秀雄の評論と同じくらいか、それ以上に難解なものだった。そこで、私は予備校で教わったことを思い出し、接続詞に注目して先輩達の「言わんとすること」を理解しようとした。

その時、思いもかけず再会したのがクイズ番組の解答者の女性が使っていたあの「だから」だった。先輩たちはしきりに【前】のない「だから」を使っていたのだ。

もう具体的な内容はよく覚えていないのだが、確か次のようなものだった。

(1)「だからさぁ、それはね、なんと言ったらいいのかな、そのさあ、このエピソードで何を作者が言いたかったのかを考えればね~」

(2)「だからぁ、それは、君にはこの前も行ったけどさ、そもそも古典というのはさ~」


先輩達が何度も何度も使う「だから」を聞いているうちに、これは「ことばを知らない若い人の誤用」などと言って済ませられるようなものではないのではないか? と私は思うようになった。
  
手近にある国語辞典を見ても何の説明もされていない。詳しい説明を求めて図書館に行き、いくつかの専門書や辞典類を見てみたが、問題の「だから」を説明しているものはひとつもなかった。「だから」に関しては、何を見ても、細かな説明は違え、「原因と結果」や「理由と帰結」等の因果的関係を表示する順接の接続詞とされているだけだった。
  
今から振り返ってみるならば、私はその時、日本及び日本人におけるセルフイメージと実態(無意識)の亀裂を垣間見たのだと思っている。
拙エントリ: <私と「だから」との出会い>(2009.9.2)より
***

なお、国語辞典の「だから」の記述については、こちら にまとめてあります。


これからしばらく「『だから』の情意表出的用法成立の背景」というテーマのもと、「だから」という、因果的関係の表示をその働きとしていているはずの接続詞が、なぜ接続詞としての働きを喪失、あるいは希薄化させ、間投詞化するのかについて、考えを進めていきたい。
※この問題も当ブログの「テーマ」の一つである「エビデンスとしての日本語」の中に含めうるものではある。
※ぶっちゃけて言っておきますと、同様の問題意識から近く某学会で発表したく思っております。
その意味でも、疑問、反論、大歓迎であります。よろしくお願い申し上げます<(_ _)>。






1 ■湾岸戦争の頃に
こんにちは。
「だから」と言う言葉で私が印象に残っていることを・・・もしかしたら話が違うかもしれません;先に謝っておきます^^;;

湾岸戦争の頃のことなのですが、当時与党だった自民党が自衛隊の海外派兵を進めようとして、幹事長の小沢一郎氏がメディアに叩かれたことがありました、その時に、ある週刊誌(誌名は失念してしまいましたが)で「小沢氏が「だから」を多用するのは何故か?」という記事があったのです。

その時の小沢氏は、本来の「だから」の使い方とは違って(=その頃は、「だから」は、まるおさんがおっしゃるように「因果的関係の表示をその働きとしていているはずの接続詞」として使われることが多かったように思います)、記者の質問に答える時に、最初に「だから、」と付ける、それが非常に多いという記事でした。

そして、それは「そんなことは説明しなくてもわかって当然だろう」というような気持ち=苛立ちからくるものではないか、というような解説がされていた気がします。(更に「政治家の側が、国民が納得できる説明ができないのを、記者や国民のものわかりが悪いような言い方をするのはおかしい」というような話で結ばれていた気がします)←私自身の記憶も定かではないのですが・・・

この記事の続きを楽しみにしています。
2 ■Re:湾岸戦争の頃に
>TRKさん
それは、たぶん「週刊朝日」の記事で、1994.4.29号のことだと思います。
「話が違う」どころか、恩師経由で取材を受け、その数年前に修士論文で論じたことをお話ししたことがその記事になりました。

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そして、それは「そんなことは説明しなくてもわかって当然だろう」というような気持ち=苛立ちからくるものではないか、というような解説がされていた気がします。
***
全くその通りのことが確かに記事では紹介されていますし、小沢さんの記者会見での「だから」の使い方が話の発端になっているのもその通りです。
それにしても、すごい記憶力と理解力ですね!

遅々たる歩みで忸怩たるものがありますが、今回のエントリをはじめたのは、その先に行きたいと思ってのことであったのです。
コメント、本当にありがとうございます。
(エントリ本文でもその記事のことを取り上げたいと思いますし、できればpdfなどでご紹介できればとも思っています。)
3 ■週刊朝日の記事
まるお様、大変驚いております!!
その記事は面白かったので、強く印象に残っているのです。まるおさんの解釈が使われていたのですね! (うろ覚えのまま書いたりして、ただいま冷や汗をかいておりますが^^;;)
記事の続き、本当に楽しみにしています!

4 ■Re:週刊朝日の記事
>TRKさん
いや、繰り返しになりますが、記事のポイントがピシッと把握されていて、約17年近く前のものであることを考えると、本当に驚きです。
その記事にかかわったものとして、ほんとうに感激しています。

現在、とまてさんにまたまた手とり足とりしていただきながら、拙ブログでその記事が読めるようにしようとしています。
うまく行けば、明日にはアップできると思います。

その記事の内容から少しでも考えを掘り下げて行けるよう頑張りたいと思っています。
突っ込み等、よろしくお願いいたします。